マシュマロにお返事

Twitter経由で頂いたマシュマロにブログでお返事しよう! の回。「小説のオチ」編。

 

いつも読んでくださりありがとうございます!
小説のオチなあ……また悩ましいポイントですね。でも私は悩める字書きが好きです。向上心があるって素晴らしいことだから。
そんな素晴らしい質問に素晴らしい回答をご用意出来れば良かったんですが、多分マシュマロを入れてくれるということはある程度私の字書きスタンスが伝わっているんじゃないかと解釈して、私の主観のみで回答します。二次創作専門の字書きの意見のひとつだと思ってゆるく聞いてください。

 

結論から申し上げると、私はオチを書きません!
いや全く書いてない訳じゃなくて、出来上がった本を見るとちゃんと書いてるっぽく見えるかもしれないんですけど、それはたまたま話の最後が勝手にオチてくれただけで、執筆中は登場人物が何をしてどんな結末になるのかとかはあんまり考えてないです。書きたいところだけ書いてたら話はなんとなく出来上がってるし、気付けば本になってる。書きたいところを丁寧に書けばオチは後から付いてくるよ。
あと、人生においてオチが付いた瞬間とかそんなにないからね。二次創作をキャラクターの人生の一部のシュミレーションとして捉えると、綺麗にオチる方がレアなので出来る時にだけやります。

 

結論は以上なのですが、それだけではあんまりなのでもう少し掘り下げてみると、前述のオチはなくても良い思考でいるのは、個人的にオチがない話が好きだからってのは理由にあるかもしれないです。
オチがない話って読者に考えさせる時とかあるじゃないですか。私、二次創作の腕って文章の上手さや語彙の他に、どれくらい共感を得られるかが肝だと捉えているんですけど、「これ! すごい!! 分かる! 解釈!!」って首振りながら読み進めていた話のめちゃくちゃ良いところで無情に手を離される感じ? ガイド付きで登山していたつもりが八合目辺りでいきなり樹海に捨て置かれるようなあれ? EOEの母に別れを告げるシーン的な? ああいうポジティヴな絶望感とか、行間の時間に考察を誘う感じとか憧れますね。オタクなので。

勿論、書き手として読み手に余韻まで提供したいという目的があるなら、最後まで誘導してあげるのも正解だと思います。話の主題がオチにある場合もそうですね。「あれ? これ小説の内容と合ってないな?」ってなった時はこっちのパターンだと思うので、そういう時は泣きながら修正する他ないです。諦めよう。

 

あと(これはちょっと穿ち過ぎかもしれないですけど)質問主さんのお悩み拝読していると、ポエミーな終わらせ方が納得いかないって点が特に気になっているのかなって感じました。
私の場合、オチ以外でもそうなんですけど、自分が書いている文章自体があんまり自分好みじゃないな~って思う時は、積極的に自分が好きな傾向のオチの作品・もしくは好きなオチを書く作家さんの作品をたくさん読むようにしています。同じ作家さんでもジャンルによって文体変えられていたりしますし、あとオチの傾向ってジャンル内で流行りがあるような気もする。そして好きな人から学ぶと納得が多い分伸びが早い気がしますね。

あとこれは蛇足ですけど、ポエミーなオチってそこに到達するまでに読んでる方を世界に没頭させなきゃいけないからすっごく難しいよね……と個人的には思います。言い換えると、オチではなくボディ部分を如何に丁寧に書くかになるのかな……

 

つまるところ、頂いた質問の「小説を書く上で気をつけていること」は「起承転結にとらわれず書きたいところを丁寧に書く」が私からの回答です。あんまり答えになっていないですけど、でも私の場合はオチがないパターンが雛形になりつつあるのかもしれないです。

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