ブログの一発目の記事にしては中々刺激的な題材を選んでしまった感も否めませんが、タイトル通り、同人をやめようと思ったという話。
つい先日、
年1イベントの身で何を言うとるんじゃってのはわかる。わかるけど言うぞ。俺は書くのをやめるぞ
— 92ka (@92ka_rlet) 2018年7月3日
嫌いになったからとかなんとなく飽きたからってのを止めたり一抜けしたりの理由にしたくないんですよ〜(完璧に出来てはいない。でも極力したい)
だから、例えば漫画とかアニメの最終回はどんなに好きで名残惜しくても終了してくれるの嬉しかったりするし。ふぁいなるしーずんとてもよかったね— 92ka (@92ka_rlet) 2018年7月3日
下書き死んだ…
なんかここ数年書くことに対するスタンスが変わった気がする…と思いつつだらだらくすぶりながら続けてたんだけど、先日やめる選択をポジティブに取るのは悪ではないという話を耳にして、じゃあたまには止めてみるのも楽しいかもしれん!と思ったというか
— 92ka (@92ka_rlet) 2018年7月3日
要は「書きたくなるまでおやすみ」ではなく「書きたくなるまでやめる」のが目標なのである
— 92ka (@92ka_rlet) 2018年7月3日
かように宣言したは良いものの、既に半身をもいじゃったような気持ちになっています。早い。私は私のことが一番心配です。
でも(見栄っ張りなのでTLでは言いませんでしたが)何年か続けてみて、嫌な思いをすることは確かにあった。そりゃ仕方ない。世の中色んな人がいらっしゃいますからね。
色んな人がいることは別に良い。
のだけれど、最近、色んな人から見える場所にいないと相手にされない現状が負担になってきた。
しかし、折角サイトも作ったことですし、それを投げ出すのも惜しむ気持ちもある。
やっぱり書いたもの、作ったものを見て貰えるって嬉しいですからね。感想まで頂けちゃうともう天にも昇っちゃう。貴重な日本語を割いてくれてありがとうございます。
なのでせめて、きれいさっぱりやめます! とまでいかなくとも、むかしむかしに個人サイトをやっていた時代くらいの気軽さを取り戻せたら……というのが今のところの理想なのかな?
そもそも私が個人サイトをぽちぽちやっていた動機って、当時そのジャンルに私好みの二次創作が数少なく、「俺が俺による俺のための推しカプを愛でてやるぞ」という気持ちが高ぶったこと。
なので現在、je8さんに「次の沼神、ナースパブパロディって大丈夫かな~? 世間から怒られない?」と再三再四ビクビクお伺いを立てているようじゃダメです。精神衛生上よろしくない。
まず世間って何だ。つーか怒られてなんぼのもんじゃい!!! と言いたい。もとい言えるようになりたい。ああ、嘆かわしい。
je8さんといえば、一人で突っ走っていた筈なのに、いつの間にか相方も増えて一人から二人になってました。いやあ、素晴らしい。このひとりオーケストラ野郎(占いで実際に言われた表現)についていける人って、広い世の中、探せばいらっしゃるものなんですね。
こんな風に楽しいこともいっぱいあるので悩ましくもある。
優柔不断です。
この言葉、神原駿河さんのおかげで私は好きになりましたが……
話を戻しまして、そうなると私の中のファイナルアンサーは宣言二日目にして決まっていて、やっぱり「続けたい」になるんでしょうね。
続けるためにとりあえずやめてみる……ってそれはやめたことになるのだろうか?
他にもぐちゃぐちゃ考えていたことはあったのですが、こういう話って言葉にすればするほど本質から離れていく気がする。
(阿良々木月火ちゃんが仰っていた「好きという感情に向かって理由という梯子をかけていく」みたいなあれ、私は似たような解釈になりがちです)
その辺りの気持ちの乖離を、それこそいつか文字で埋められるようになることも期待しつつ、下半期は「やめること」にチャレンジしてみようと思い立ちました。
しかし一応イベント入れてあるのでどうせ数ヶ月後には恥を上塗るんじゃないかね…やだなあ
でも書いてない時間まで書くことを考えてるし、それって果たして書いてないと言えるのか?って哲学が秋までに終わるといい…のに…— 92ka (@92ka_rlet) 2018年7月3日
あと、昨今SNSで摂取出来る手軽なコンテンツが好まれる中、長い文章を投稿するブログを始めてみるのも、時代に逆行している感じがして楽しいじゃないですか。
とかいいつつ、憧れてる作家さんは揃ってブログとか雑記の公開を経験しているので、単にまねっこしてみたかったという側面もある。